【朗報】天才・押井守監督が正論?「プライベート・ライアンの最後のシーンは蛇足。あれで映画が台無しになってる」

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押井 あらゆるものを手に入れて、自由まで手に入れてしまった。気がついたら「なにを真っ先に撮りたいか?」が分からなくなってしまった。スピルバーグは映画の申し子であり、映画ファンがそのまま映画監督になったような人だから、屈折がない。本人に屈折がないから、屈折がない子どもを映画のテーマにせざるをえない。

女優でもなければ、男優でもない、子どもという要素でしか映画に入る取っ掛かりを見つけられないんだよ。だからスピルバーグの映画には、やたらと子どもが出てくる。この映画に子どもは要らないでしょ!?という作品にまで子どもが出てくる。

――子どもが出てこないスピルバーグ映画も多少ありますが?

押井 子どもが出てこない場合は、だいたい「言いわけ映画」になっている。ロマン・ポランスキーのような自身のトラウマに対する言いわけではなくて、「こういう映画も撮れますよ」という自己弁明映画。アメリカ南部の黒人女性の生きざまを描いた『カラーパープル』(1985)だったり、ミュンヘンオリンピック事件に端を発するモサドの活動を描いた『ミュンヘン』(2005)だったり。いわゆる社会派の映画を娯楽映画の反動として作ってしまう。

戦争映画の『プライベート・ライアン』にも言いわけの要素があるかもしれない。人間ドラマを装って、装ったがゆえにエンディングが低迷してしまった。おじいさんになったライアンが一族を連れて墓参りをするシーンのことなんだけど。トム・ハンクスが演じた大尉に「俺の分まで豊かに生きろ」と言われて、「たしかに豊かに生きました!」というのを表現しているだけの蛇足だから。

やりすぎのやりすぎ。画竜点睛どころか、目ン玉を大きく描きすぎている。あの蛇足のせいで映画が台無しになっている。戦争映画としてはかなりな出来なのに。そういう蛇足を、娯楽監督の言いわけとしてついついやってしまう癖がある。
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「スピルバーグでも破綻することがあるんだ」押井守が語る世界一成功した監督の欠点とは | 文春オンライン

引用元
https://bunshun.jp/articles/-/52713?page=1

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娯楽映画なんだが?

[15]
その辺も含めてスピルバーグの作風としか
歪でもなんか許せる

  







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パトレイバー2のシノブさんと敵ボスの恋愛関係も蛇足だよ

[142]
>>5
俺もそう思う
それこそ観てる人に委ねろよ

[9]
それってシンドラーのリストじゃあないの?
プライベートライアンにもそんなシーンがあるのか
スピルバーグお墓参り好きすぎでしょ

[79]
>>9
最初と最後がノルマンディー英霊墓地でしょ

[13]
白い鳩飛ばすのは無駄な演出

[19]
あのミスリード狙った演出は最初も最後もチープだと思った
最初あの爺さんはミラーかと思うでしょ? 
爺さんのアップの次にミラーの顔が映し出されるから
でも実はライアンでしたみたいな
たいした意味無い演出だよ

[25]
昔のカンフー映画の敵倒してすぐ劇終見習えよ

[26]
押井は評論家としてはこんなに面白いのになんで映画は

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>>26
評論家ってその道のプロになり損ねた人がなるものだから

[28]
BoBのあとプライベートみると茶番に感じる

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>>28
BoBはノンフィクションだし本人たちへの取材もしてるから
再現度としては頭一つ抜けた完成度だと思う

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>>35
BoBの各話冒頭にある謎のおじいちゃん達のインタビュー
最終話で名前が表示されて「あっ、君かぁ!」ってなる演出すこ

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あの導入部はおかしいよな
瞳に入ってくんだけどあそこにお前いねーし

[41]
説明過剰を求める奴が異常に多い世の中になった
スピルバーグはそんな奴らにとっては良い監督なのだろう

[52]
蛇足だからなんなの?
わかりやすいからなに?
一部の映画マニアに向けて映画を作ってるわけではないのに

[54]
そもそもドンパチ戦争シーン全般が回想シーンなだけだから
始めと終わりが同じになってもいいだろ

[71]
その辺は好みでしかないからな所詮は

[74]
スピルバーグを批判できる俺エライみたいな

[85]
向き・不向きがあるってことやろな

観客を冷やして終わっても良いと思ってる監督なら
もっと戦争の悲惨さだけ描いて終わるやろな
「ジョニーは戦場へ行った」みたいな

[82]
その作家として観客を信用できない部分が
商業作家の頂点に立てた理由でもある気がするんだよな